自然観察大学 室内講習会(第2回)を開催しました。  

2008年度の第2回室内講習会は、2009年2月15(日)に無事開催されました。
今回の講義は「『桑原義春日本イネ科植物図譜』とイネ科植物入門/岩瀬徹先生」、「生物同士の関わりを観察しよう/中安均先生」でした。
当日の参加者は56名、季節がら風邪でお休みの方も何名かみられました。
遠方、所用、体調不良などで参加できなかった皆さん、復習されている熱心な参加者の皆さんに今回の講習会の報告を楽しんでいただけたらと思います。

『桑原義春日本イネ科植物図譜』とイネ科植物入門

岩瀬徹学長
今回の岩瀬先生の講義は、昨年全農教より出版された「桑原義晴日本イネ科植物図譜」(以下、桑原図鑑)の筆者の桑原義晴先生のご紹介とイネ科植物の見方の解説です。
岩瀬先生
会場に来る途中で見つけたというイネ科植物を片手に講義を始める岩瀬先生。
『桑原義晴日本イネ科植物図譜』について
桑原先生は、1908年に北海道に生まれ1997年に89歳でなくなられました。桑原図鑑はちょうど生誕100年目に出版されました。先生は、北海道で高校教諭としてご活躍されすぐれた業績をあげ多くの著書を作られました。またたくさんの植物画を遺されました。
今回、出版された桑原図鑑は、その中の1975年から1982年にかけて「北陸の植物の会」から刊行された「日本イネ科植物生態図譜1〜4」をベースに、イネ科図譜の集大成といえるものです。
桑原図鑑には、成植物の形態だけでなく芽生えから成植物まで一通りのステージが一枚の図の中に描かれています。部分の比較のため近似種と並べて描かれている図もあります。このように図による植物図鑑は、「浅野貞夫日本植物生態図鑑/浅野貞夫/全農教」があります(以下、浅野図鑑)。浅野図鑑には、観察したものを厳密に描き出す、という厳しい姿勢が感じられますが、桑原図鑑は、良い意味でのデフォルメが感じられます。桑原先生が観察、理解したものを、判別の難しいイネ科植物の見分けの助けになるよう実物に忠実でありながら模式的に描いているように思われます。教育的観点が強く出ています。
イネ科に関しては「日本イネ科植物図譜/長田武正著/平凡社」もあります。こちらにはイネ科全般についての概説がくわしく出ており、基本的な学習には好適です。
桑原義晴日本イネ科植物図譜 桑原義晴日本イネ科植物図譜
「桑原義晴日本イネ科植物図譜」より
イネ科植物入門
イネ科植物は世界に一万種以上あるといわれ、人類の生活に最も深く関わっている植物です。身の回りのどこにでも生育しているのですが、一般に種の識別が困難です。図鑑で調べるにもイネ科は独特の用語が多く用語を知らないと解説もわかりません。また、花も小さく観察に苦労するせいか敬遠されがちなグループです。
例えば図鑑のエノコログサの解説に「包穎が短くて小花の穎(えい)が現れる」とありますが、意味がわかるでしょうか?(スタッフ注:図を見ながら読んで下さい。)
エノコログサの小穂は、2つの包穎(第1包穎と第2包穎)と2つの小花からなり、他は退化しています。2つ小花は第1小花、第2小花です。第1小花は果実は実らず護穎のみです(雄花、雌花、内穎は退化)。第2小花は果実が実りますが、内穎と護穎は薄く(革質)変化しています。「包穎が短くて小花の穎(えい)が現れる」はこのような意味です。
イネ科の基本の形、用語がわかるとそれぞれの種の変化が観察できます。一見、難しそうに見えるイネ科ですが、基本の形がわかると観察の楽しみが拡がるので、ぜひ挑戦してみて下さい。
講義中の岩瀬先生
講義中の岩瀬先生。エノコログサ類の解説の他にイネの花のつくりやオオムギやコムギの解説を写真や模式図を用いてわかり易く解説して下さいました。
イネ科の花のつくり
イネ科の花のつくり「千葉県植物ハンドブック」より
注:著者の一人の岩瀬徹先生の許可を得て掲載。
エノコログサ類の小穂
エノコログサ類の小穂
エノコログサ類の小穂は赤い部分からなる。他の部分は退化。第2小花のみ実がなる。
エノコログサ類の小穂 エノコログサ類の小穂 エノコログサ類の小穂
「校庭の雑草/岩瀬徹ほか/全農教」より
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『生物同士の関わりを観る』

中安均先生
今回 中安先生には,生物同士の関わりについて講演していただきました。野外観察授業や自然観察会で役立ちそうなお話を伺うだけでなく,写真を見ながら実際の観察の模擬体験をしたり,生物同士の関わりが分かる動物の食痕や糞の標本,野外観察授業での生徒の作品例を見せていただいたりしました。
中安均先生
「校庭の生き物ウォッチング」
著者の中安均先生
生物同士の関わりに注目した観察手法
野外授業や自然観察会などでの観察手法のポイント
○生物同士が関わっている現場を意識して探し,じっくり観察する。
○事前解説は最小限に留め,自分自身の目でしっかり観察してもらう。
漠然とフィールドを見てまわるのではなく,生物間の関係を見つけることを意識して観ると,それまで見過ごしていたものに気付けます。指導者は最初から答えを教え込むのではなく,参加者が自分で気付き,発見できるような工夫をして,参加者に発見する喜びや楽しさをより一層感じてもらえるようにすることが大切だとのことです。
生物同士の関わりを観る方法の展開例を2つ紹介していただきました。
展開例1「生物同士の関わりを見つけよう」
図のような穴埋め形式のプリントを用意し,観察コースを歩きながら,参加者各自で観察したもの同士の関わりを記録してもらうという方法です。生物同士の関わりを意識して探してもらえると同時に,多くの人の目で観察するので,様々な情報が集まります。
今回の講演では,クサフジ(マメ科)の花に来ている3種類の虫(ヒゲナガハナバチ・クマバチ・イチモンジセセリ)の写真を使って,生物同士の関わりを観る疑似体験をさせてもらいました。
ヒゲナガハナバチ
ヒゲナガハナバチ
クマバチ
クマバチ
イチモンジセセリ
イチモンジセセリ
記録用紙 記録用紙
生き物同士の関わりを記録するプリント
どの虫も花の蜜を吸い,花粉を運ぶように見えますが,よく観ると,そうではない関係も見えてきます。ヒゲナガハナバチは花を押し開いて蜜を吸っています。花の中から現れた雄しべ・雌しべの先端がハチの体に接触しており,このハチが花粉媒介に役立つ存在であることがわかります。一方,クマバチは花の元のところに外から鋭い短刀のような口を突き刺し,イチモンジセセリは長いストロー状の口を差し込んで蜜を吸っており,いずれも花粉媒介には役立っていません。花を訪れる虫が必ず花粉を運ぶとは限らないのですね。
展開例2「発見! 生き物たちのネットワーク」
「校庭の生き物ウォッチング」の巻末に紹介されている実習の実施例を紹介していただきました。地図に示された観察場所に行って,指定されたテーマの観察を行うものです。
指導者が多人数を相手に一斉に説明するやり方に比べ,少人数に分かれて,間近からじっくり観察してもらえるというメリットがあるそうです。その際,対象をスケッチしてもらうことが,よく観察してもらうための手段として非常に有効だとのことでした。生物同士の関わりを観る観察テーマの好例を参考資料として示していただきました(表)。
虫の観察
オオキンケイギクに来る虫の観察
ハナアブ
オオキンケイギクの花に来ていたハナアブ
フィールドサインを手がかりとしてたどる生き物同士の関わり
糞やペリット,食痕・食べ残しなどから食物連鎖をたどることができます。また,植物の種子が動物に食べられて散布される様子がわかることもあります。
モズのペリット
モズのペリットです。いったん呑み込んだ食物の中の,消化できない骨などがまとめて吐き戻されたものをペリットと呼ぶそうです。
モズのペリット
洗って余分なものを取り除いてみたら,脊椎動物(おそらくカエル)の骨やケラの前脚が出てきました。
写真はキツネとノウサギの食う食われるの関係をあらわしたものです。
枝にはノウサギがかじった痕があり,枝に紐でつながれたケースの中にはノウサギの毛や骨のかけらが混ざったキツネの糞が。生物間のつながりの見えない糸を見せる小さな工夫です。枝の樹皮をウサギがかじり→ウサギをキツネが食べ→キツネの糞が土に還り,植物が利用するというつながりが実感できました。
中安先生
食物連鎖の糸
糞の中から出てきた種子 糞の中から出てきた種子
タヌキの糞の中から出てきた種子
秋に採取したタヌキの糞にはヒサカキやカクレミノの種子が大量に含まれていました。鳥や獣は果実を餌として利用し,植物はそうした動物を種子散布者として利用しています。
生物の形や色を手がかりとしてたどる生き物同士の関わり
生物同士が相互に影響を与え合い,絶妙な対応関係ができあがってきたという共進化の視点を踏まえながら観察すると,いろいろな発見があります。花と送粉者との関係はその好例です。
キバナアキギリ(シソ科アキギリ属Salvia)の送粉者は主にトラマルハナバチです。ハチが花に潜り込むと,雄しべが下りてきて,背中に葯がぺたんとつく仕掛けが見事です。一方,ハナバチ類のからだのつくりにも花の蜜を吸い,花粉を運ぶのに適した特徴があります。
園芸用に栽培されている外国産の植物の花の特徴から,原産地での送粉者を推理してみることも大変興味深いというお話もありました。たとえば中南米産のサルビアの仲間では,主にハチドリがその役割を担っています。中安先生はインターネットの検索を駆使してイメージ通りの画像を見つけ出しては楽しんでおり,その現場をご自分の目で直接観てみたいというのが夢だそうです。
トラマルハナバチ
キバナアキギリの花の蜜を吸うトラマルハナバチ
ハナバチ類 ハナバチ類
ハナバチ類の体のつくり 
(オオスズメバチは比較のために示したカリバチの仲間)
 
大きく3つの観点から生き物同士の関わりについてのお話をしていただきました。先生ご自身も生き物同士の関わりが見えてくるにつれて,ますます自然のすごさがわかってくるとおっしゃっていましたが,とても奥行きと広がりのあるテーマだと感じました。たくさんの写真や実物をみて,参加者の皆さんも楽しんでいるご様子でした。

皆さん、楽しんでいただけたでしょうか?
次の室内講習会は約一年後となりますが、野外観察会の準備が始まっております。スタッフ一同お待ちしておりますので、こちらもよろしくお願いいたします。
2008年度 室内講習会
第1回の報告 第2回の報告   ページトップに戻る↑