自然観察大学
2010年2月7日、自然観察大学 室内講習会(通算16回)を開催しました。
外はとても風が強く寒い日にもかかわらず、多くの方に参加いただきました。ありがとうございました。
今回は、山崎秀雄先生の「ツバメはヒナに何を食べさせているか −糞からわかる昆虫食事情−」唐沢孝一先生の「中米コスタリカの野鳥と自然 〜自然保護の先進国を旅して〜」の2本立てで講演していただきました。

ツバメはヒナに何を食べさせているか
−糞からわかる昆虫食事情−
山崎秀雄先生

普段、ツバメがヒナにエサを与えているようすは、よく見かけることがあっても、そこで何を与えているのかは、思い浮かびません。また、ツバメがエサを捕まえるようすを見ることはむずかしいことです。
山崎先生には、「ツバメはヒナに何を捕えて食べさせているか」という謎を解くために、ヒナの糞の中に含まれている未消化物を調べたお話をしていただきました。親の糞は採集できませんが、ヒナの糞は巣の下に落ちるので採集できます。
糞の中に含まれる破片から同定用の標本作り、標本から同じかそれに近い昆虫標本の探し出しなどのお話です。たくさんの写真を用いて紹介していただきました(今回のレポートに掲載している写真は、すべて山崎先生が撮影されたものです)
山崎秀雄先生
前 市川中学校・市川高等学校教諭。  
現 日本昆虫学会会員など。
千葉県のコウチュウ目相解明とゴミムシダマシ科の分類に興味を持つ「昆虫博士入門(仮称)」の執筆にエンジンがかかっている様子。
■何をたべているのか→糞分析
・糞でわかる、糞類学
動物の糞にはいろいろな秘密が隠されているということを、先生が呼んでいた「糞類学」の視点から探ってみようということでした。
糞類学(ふんるいがく)とは・・・
1.動物の排出した糞から、その種を知る。
多種・多様な糞を観察することから始まる。
糞をフィールドサインの一つとする。
2.動物の糞の中に含まれる未消化物から、その動物の食性を知る。
摂食時に餌が確認できない場合、糞中から餌が特定で きる物質を探す。
例外:鳥類のなかには未消化物の一部を嘔吐(ペリット)するものがあるのでその分析も必要である。
■糞を集めて観察してみよう
・巣を見つける。
ツバメがヒナに餌を運ぶのは1日300回(雌雄で1日150回)といわれているそうです。
館山自動車道市原SA下り線(千葉県市原市海保・今富)
糞を集めたら、未消化物の種類と量を目視で観察しみましょう。
10倍程度のビノキュラ(双眼実体顕微鏡)で検鏡しながら、ピンセットで糞を壊し大きな破片量を目測で測ってみましょう。
ツバメの糞。外側の白いのは尿酸の結晶、尿と糞を同時にしたことが分かる。
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■糞から標本の作製と同定まで
1.糞からの標本の採取
糞を水に浸す
→壊す
→紅茶濾による水選別(数回)
→残渣と濾液
残渣:アルコール漬保存
濾液:コーヒーフィルター紙で濾し、ビノキュラで検鏡後、破棄か保存

2.標本作製法
破砕片(アルコール漬)
→シャーレにあける
→同定可能な破片の選択採取
→水に浸ける(1)(2)

(1)体節片
水を吸い取り、台紙に貼る。(マウント)
→ラベル付け:標本
(2)膜の翅・薄膜
スライドガラスに広げ、周りの水を吸い取る
→乾燥
→ガラスからはがし台紙に貼る
→ラベル付け:標本

3.同定
(1)各採集地ごとの、分類群ごとに並べ変える
(2)同じ仲間(種・属など)の標本を一緒にする
採集地無関係・・・同定が効率的・正確に行える
(3)標本と同じ仲間(種・属)の標本を探し比較
(4)図鑑類で分かる部分はそれを利用(双翅目の翅)
(5)同定もれを探し同定
(6)同定できたものには 同定ラベルを付ける
(7)標本は元の場所に戻す
(8)保存(乾燥標本、液浸標本)

コップと紅茶濾を使って、水洗いをする。
アルコール漬けにしたツバメの糞
シャーレにあけた沈殿物。
沈殿物の一部拡大。
■同定と考察をしよう

1.同定可能な破片の発見→目や科、属(種)の特定
→それに相当する標本の収集→破片と標本の比較
→科や属、種の特定

2.多数の標本との比較により種、属、科、目まで同定できる。が、種まで同定できて
も、近似種がある場合は種群、または属まで

3.多くの破片を正確に同定するためには、研究の専門分野ごとに分けると良い

4.種群、属、亜科ぐらいまで判明すれば、それらの生態はほぼ同じなので、種の厳密
性は必要ない
→ツバメが特に種を選んで索餌している形跡はない事にもよる

5.考察:餌の種類構成から、ツバメの索餌環境を類推する

標本ができたら、同じ分類グループに並べ替えると同定しやすい。同定をおえたら、採集地ごと、標本の仲間ごとに並べる。
比較用に集めた標本。
脚や翅の一部など、部分的な破片で同定するには、図鑑では不可能なことが多い。そのため、同定済みの標本を用意し、それを比較して同定する。
 
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―標本写真館―
特徴を見つけて、科や属、種の特定をしてみましょう。脚や翅の一部など、部分的な破片で同定するには、図鑑では不可能なことが多い。そのため、同定済みの標本を用意し、それを比較して同定する。
ミツバチの附節1節と脛節。
(写真上:糞中 写真下:標本)
花粉をためる花粉籠がわかる(矢印)。
羽アリの翅。(写真上:糞中 写真下:標本)
ゾウムシ類。頭部の形が特徴的です。
ヒメカメノコテントウ。(写真左:標本 写真右:糞中)
ツバメが食べやすいコガネムシ類。昼間に飛び、大きさもちょうどいい。
セマダラコガネ
ヒメコガネ
 
ビロウドコガネ類
下の表のように、観察結果を記録するとエサの種類や、頻度がわかりやすい。
■糞分析から考えるツバメの昆虫食事情

・特に雛用として餌を集めていない。
・全て飛翔中の昆虫である。飛翔筋(タンパク質)の発達した、トンボ・ハチ・ハエが餌として効率的か。
・丸食いなので、消化できる部分は全て吸収しつくす。(体節をつなぐ膜、筋肉、内臓、体液など)
・体壁、後翅などキチン質は消化できない。キチン質は、酸・アルカリに強い。
・砂嚢の破壊力は大きい。
・アリの分封期(翅蟻発生期)に育雛期の一つがある。
・アリは各巣、種により分封時期に差があるので、連続的に翅アリが採れる。分封は午前中。
・翅アリは、雌を多く捕食している。
・捕食虫の大きさ
シオカラトンボ(50〜55mm)
コウチュウは、コクロコガネ(15〜20mm)〜
アカアシノミゾウムシ(2.8〜3.1mm)
・ハチは刺す有剣類が少ない・・・学習能力有
・採餌場(飛翔昆虫の多い所)へ行く:同一昆虫がある・・・学習能力有
・糞の鱗毛、体の破片から多くの小ガを捕食:メイガ、ハマキガなど
・多少の悪臭や味は気にしない:捕獲時に悪臭を放つカメムシ類、テントウムシ類がいるが、匂いの弱い種である
・水辺上空で採餌する・・・水辺は昆虫が多い

こんなにも昆虫の破片が、鳥の糞の中に含まれているとは思いませんでした。同定できてしまう山崎先生の昆虫知識のすごさと執念もまたすごいと思いました。
ツバメの糞からいろいろなことが知ることができ大満足の講義でした。
標本を作製し同定するまでとはいいませんが、ビノキュラで検鏡してみる過程までなら、小学生でもでき、観察できそうですね。身近な生き物観察としておもしろいのではないでしょうか。
山崎先生ありがとうございました。
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中米コスタリカの野鳥と自然
唐沢孝一先生

唐沢先生は旅の中で出会った人々やコスタリカという国、動植物などを美しい写真とあわせて語られました。
記者は今回初めてレポートを担当させていただきました。拙い面も多々あると思いますがご容赦ください。
唐沢孝一先生
前 埼玉大学教育学部講師、都市鳥研究会代表、元 日本鳥学会評議員、自然観察大学 副学長。
都市鳥を中心とした都市生物の生態、および自然観察の方法について研究している。
09年には、コスタリカへエコツアーを企画、実施した。
■コスタリカの位置と環境
コスタリカは、約200万年前に南北のアメリカ大陸が陸でつながってできた陸橋に位置しています。そのため、南北の両大陸から様々な生物が流入し、動植物の種の多様性のもとになりました。地球上の動植物の種数の4.5%(約91,000種)に達し、生物多様性のお手本のような国であり、自然保護の先進国でもあります。
コスタリカの中央には山脈がはしり、太平洋とカリブ海の二つの海に挟まれています。そのため、気象は複雑で多様であり、熱帯多雨林、熱帯雲霧林、熱帯乾燥林、マングローブ林など様々な生態系が発達しています。
熱帯多雨林の景観
熱帯雲霧林の観察
1本の大木に9000種もの動植物が生息しているという調査結果もあります。アリ類だけでも1本の大木に50種以上生息しており、コケやシダ、ランなどの付着植物も多く、様々な鳥類の生息場所を提供しています。
雨期5月(2004年撮影)
乾期3月(2009年撮影)
コスタリカは雨期と乾期の区分がはっきりしています。写真は、首都サンホセの近くの牧場の景観ですが、わずか2カ月でこれだけ変化してしいます。沢筋にそって樹林が保存されているのは、洪水を防止するためです。
■生物多様性の王国、コスタリカ
唐沢先生が出会った動植物の一部を写真でご紹介します。
コスタリカでは至るところで珍しい野生生物が観察できます。
ハチドリ
モンテベルデの保護区の近くに「ハチドリ小屋」があります。そこではハチドリ用の蜜を吸う器具が設置してあり、色とりどりのハチドリが次々と飛来し吸蜜します。1〜2mの至近距離から観察や撮影を楽しめます。
コスタリカキビタイシマセゲラ
街路樹で繁殖中のキツツキの一種です。マイクロバスで移動中に偶然見つけました。
ソライロフウキンチョウ
イグアナ
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■あこがれのケツァールを発見
鮮やかな色彩の美しい鳥、ケツァールの和名はカザリキヌバネドリ。手塚治虫の漫画「火の鳥」のモデルになった鳥として有名です。
アボカドの果実はケツァールの雛を育てるのに不可欠であり、ケツァールはアボカドの種子散布をするのに一役買っています。まさに共存関係ですね。他にもアリノスアカシアとアカシアアリ、セクロピアとアステカアリの共存関係など、コスタリカでは動物と植物の共存関係を観察する材料に事欠きません。自然界の巧みな仕組みを感じます。
■自然保護先進国として
今回のお話で興味深かったのはコスタリカの自然保護の意識やレベルの高さでした。国立公園や自然保護区の設定、自然保護の法律等がとてもうまく行き届いており国をあげて自然資源を守っています。また、国家予算の20%を教育費に充当し、次の世代の若者たちにエコツーリズムや生物資源の重要性を教えていることです。国と国民が一体となってコスタリカの自然を守っていることがよくわかりました。
コスタリカの自然を100パーセント楽しむために、優れたガイドが養成され、観光としても役立っています。初めて訪れた観光客でも、十分に自然を満喫できるような受け入れ態勢やガイドが整っていることが大切です。コンクリート施設ではなく、自然を理解し、その良さを解説できる人材養成が大切であることを知りました。日本の観光地でも学ぶべきことが多いのではないかと思いました。
■終わりに
今回のテーマは、地球の反対側の遠い国の自然や生物についてでした。多様な地球の生物を知ることは、日本の自然を理解する上でも重要であることを知りました。自然観察大学はもともと身近な自然をテーマに学んでいこうというコンセプトでスタートしていますが、時には、日本にはない自然をテーマにすることにより、視野を広め、ひいては身近な日本の自然を改めて見直すことにもつながるのではないか、と思いました。
 

 
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