自然観察大学
2012年2月26日 自然観察大学 室内講習会
自然観察大学10周年の締めくくりとなる、通算第20回目の講習会です。
今回のゲスト講師は『カビ図鑑』『きのこ博士入門』の写真を担当された伊沢正名先生。
2011年2月の細矢剛先生の講演に続いて、名作『カビ図鑑』を作った当事者に登場いただきました。
おかげさまで満員の活気あふれる講習会でした。

生態系の命をつなぐ菌類
−カビ、キノコ、バクテリア−
伊沢正名 先生
キノコやカビ、コケや変形菌などの日陰の生物が、自然の中で分解や共生という偉大な働きを担っていることを知り、それを写真によって普及している。
自称「糞土師(ふんどし)
【おもな著書】「きのこ博士入門」、「カビ図鑑」(全国農村教育協会、共著)、「キノコの世界」「コケの世界」(あかね書房)、「日本変形菌類図鑑」「日本の野生植物コケ」「きのこブック」(平凡社、共著)、「日本のきのこ」「山渓フィールドブックス・きのこ」(山と渓谷社、共著)、「くう・ねる・のぐそ」(山と渓谷社)など多数
伊沢先生のデビュー作の写真からはじまり、さまざまなキノコ・カビの写真を紹介いただきました。
美しい写真の根底にあるのは“上からの目線で見ることなく、見方を変えよう。ヒトもキノコも、カビも自然界の一員として同列である。”という考えです。
“視点を変えることで、ふだん見過ごしがちな生物の、生態系での役割が見えてくるようになる。”と提唱されました。
以下、当日の話の一部を紹介させていただきます。
※ ここで掲載した写真は、すべて伊沢正名先生の撮影されたものです。
ハナオチバタケ。
デビュー作となった写真。
視点を変えよう
キノコのカサを下から見上げたり、カビを拡大したり、万華鏡で覗いたり… 見方を変えることで、新鮮な驚きとともに自然に対する尊敬の気持ちが生まれ、彼らの本当の姿が見えてきます。
ラッシタケの仲間を上からと下から見る。見方を変えることで世界が変わり、考えも変わる。
クワの葉裏の裏うどんこ病と、うどんこ病菌の拡大。
成熟すると毛のような腕を伸ばして宙に浮き、飛散する。
モチの表面に生えた色とりどりの様々なカビを、万華鏡を使って写した。
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腐生菌
自然界での菌類は、分解者としての役割が知られています。
落ち葉や倒木を分解するキノコはよく知られています。ほかにも動物の毛や羽、爪などを分解するホネタケなどもあり、枯れ木に生えるキノコの多く(白腐れ菌)はダイオキシンを分解することがわかっています。
落ち葉を分解するキノコ。白くなっているのは前年の落ち葉の層で、分解が進んでいるのがわかる。
倒木に生えたヒメカバイロタケ。分解が進んで、新しくヒノキが芽生えている。

鳥の死骸に生えたホネタケ。
ケラチン分解菌。
ウスキイロカワタケ。
このキノコではじめてダイオキシン分解能が解明された。
猛毒でさえ分解してしまう彼らがいるからこそ、われわれが安心して暮らしていける。ということですね。
キノコというと食べられるかどうかしか興味のない人が多いですが、それはとても悲しいことだと思っています。
寄生菌
 昆虫に寄生する菌として、冬虫夏草のセミタケと、蛹に生えるサナギタケを紹介しましょう。
彼ら寄生菌は、自然界で増えすぎた虫を殺してバランスを取り戻すという役割があります。
冬虫夏草の代表格、セミタケ。
ガの蛹に寄生したサナギタケ。
寄生菌
昆虫に寄生する菌として、冬虫夏草のセミタケと、蛹に生えるサナギタケを紹介しましょう。
彼ら寄生菌は、自然界で増えすぎた虫を殺してバランスを取り戻すという役割があります。
シラカバと共生関係にあるベニテングタケ。

ベニテングタケの下を掘ってみると…
シラカバの根と菌根を形成していた。
糞生菌
鹿の糞に生えたミズタマカビ。
糞生菌は美しい姿のものが多く、糞生菌の研究者もなぜか美しい女性であることが多いとか…
いよいよ糞生菌です。
糞生菌は、動物の排泄物である糞を分解し、次世代の生き物への贈り物として循環させます。次の写真はその循環のようすが一枚に映されています。私の訴えたいことのすべてがこの一枚に表現された “私の最高傑作”だと考えています。
● 糞を分解するツヤマグソタケ

● それによって繁茂する牧草

● 牧草を食べて糞をする馬

● 糞を分解する……


という循環です。
そしてこの循環の要にあるのが、実は糞なのです。
ノグソのこと
かつて、私の住む近所で屎尿処理場建設の話が持ち上がったことがあります。住民はそのとき反対運動を起こしましたが、私は違和感を覚えました。食べてウンコをしておきながら、自分の家の近くにそんなものができては困るというのは勝手過ぎないか、ということです。
(講演に熱が入ってきて、しばしばお茶でのどを潤す伊沢先生)
私は自分の生きること、つまり食べて排泄することに責任を持ちたいと考え、1974年の1月からノグソをはじめました。自然界の循環の中に身をおきたい、食べるだけでなく自然にお返しをさせていただく、という考えです。それから38年間、旅行中なども含めほぼ全部のウンコをノグソで処理しています。ちなみに今年(2012年)の5月にノグソの総数は12,000回になります。
ノグソについては『伊沢流インド式野糞法』というのを確立しています。
『場所選び、穴掘り、葉で拭き、水仕上げ、埋めて目印、年に一回』
というものですが、ノグソの話は本題からそれるので、今日はやめておきます。
ウンコの分解過程
ウンコが土の中でどのように分解されるのか、ノグソ跡を掘り返して確かめました。
4日後のウンコ。
このとき、アリが食べた小さな穴と、アリの姿を確認しました。
ノグソ直後にはハエが産卵、産仔して食べるので、分解の発端は昆虫たちによる食分解ということになります。
6日後。
糞虫(センチコガネやエンマコガネなど)が食べていました。
分解の初期で、腸内細菌による嫌気性分解が進み、粘液状でヘドロ臭がしました。
8日後。
表面から土の中にいたカビによる分解がはじまりました。
好気性分解です。
ウンコの表面付近は固まってきてゴム状になり、においはエビ・カニ臭になってきました。
9日後。
表面に白や青のカビが生えていて、内部まで好気性分解が進みました。糞虫が食べた穴も沢山あります。
内部はチーズ状に固まり、香辛料のようなにおいです。
18日後のノグソ発掘現場。
細心の注意で掘り出し、表面のカビなどを壊さないよう、ていねいに掃除します。次に断面を切って、内部を観察します。
撮影には一時間以上かかります。キノコの撮影よりもはるかに大きな労力です。
40日後。
分解後期です。
ウンコ全体が大量のカビにおおわれ、おいしそうなキノコ臭になりました。
通常、夏場は約1箇月で分解終了します。

50日後。
ノグソあとに植物が芽生えました。
私のウンコが、新しい命に生まれ変わった証拠写真です。

地下では分解終了後のウンコがミミズに食べられて、団粒土になっていました。
42日後のノグソあと。
団粒土に木の根が伸びています。
右の穴はミミズを狙ってやってきたモグラのトンネルです。
観察の中で、ハエやアリ、糞虫、ミミズだけでなく、イノシシが食べた後も確認できました。
大量に伸びた木の根に、菌根が現れてきました。
こうなるとウンコが分解されてできた養分は活発に吸収され、富栄養化した土壌は急速に元の状態に戻ります。
秋になると、ノグソあとにキノコが生えました。
バフンヒトヨタケと、アンモニア分解菌のアシナガヌメリ(茶色)です。
《レポーター注》 講習では伊沢先生の渾身の写真で詳しく紹介されたのですが、HPは不特定多数の方々がご覧になるので、ほんの一部のみを抜粋させていただきました。ご了承ください。
まとめ
ウンコの分解過程をまとめると図のようになります。
分解されることで、新しい生命が生まれ、循環していることがわかります。  
自然界全体で見てみましょう。
われわれ動物の排泄物はウンコですが、植物の排泄物=ウンコは酸素であるといえるでしょう。
生態系の中でさまざまな生物が食とウンコで循環しているんですね。
 
………………………………………………………
熱のこもった講演で、質疑応答も活発にかわされました。
今回紹介させていただいた写真は、すべて伊沢先生にご提供いただきました。被写体のウンコはもちろんご本人のものです。
休憩時間には尻拭き用の『葉っぱ』が紹介されました。紙は漂白の薬品のためか、自然界ではなかなか分解されないため、伊沢流インド式野糞法では葉っぱと水を使用します。
参加者のみなさんも、紹介された葉っぱ(未使用!)を手で触って、尻ざわりを想像していました。
ノグソに関して興味のある方、極めたい方は次をご覧ください。
『糞土研究会 ノグソフィア』 http://nogusophia.com/
伊沢先生の運営されるサイトです。
さいごに
今回伊沢先生の用意された写真で、あまりに刺激の強い生のウンコのカットはあらかじめ削除させていただきました。伊沢先生には申し訳ありませんでした。
『生態系の命をつなぐ菌類』というメインテーマから少しはずれることと、参加いただいた方の中には不快な思いをする方がおられるかもしれないという理由です。前述の糞土研究会など別の講演会では、それらの刺激的な写真も紹介いただけると思いますので、ぜひどうぞ。
余談ですが…
伊沢先生は証拠として信頼できるフィルム撮影しかしません。今回用意いただいた100カット近い素晴らしい写真は、すべてポジフィルムです。そのため今回、専門の業者に頼んでスキャニングし、上映用のデジタルデータにさせていただきました。
業者へ依頼の際には “高名な写真家のオリジナルフィルムだから、仕上がりの品質と取り扱いはくれぐれも慎重に” とお願いしました。担当オペレーターはピントや色の再現性など細心の注意でチェックしてくれたのでしょう。仕上がりはばっちりでした。
スキャニング作業は慎重に進み、美しいキノコやカビから、やがてキケンなニオイのする写真になっていきます。そして講習会では紹介できなかった生ウンコの写真が… おそらく超高性能・大画面のモニターいっぱいに広がっていたことでしょう。
オペレーターさん、申し訳ありません。警告なしで危険物の取り扱いをお願いしてしまいました。
以上報告:自然観察大学 事務局O

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アブラムシ観察入門
“アブラムシ”といえば、野外観察会で出会えるお馴染みのメンバーです。
今までに野外観察会に参加いただいた方は、アブラムシの天敵はヒラタアブやテントウムシ、と聞いたことやそれら幼虫を観察したことがあるかと思います。
野外観察会では、アブラムシが自然の中で他の生物とどのように関わっているのかというお話が多くなりますが、今回の室内講習会では、アブラムシそのもののお話しを伺うことができました。
松本 嘉幸 先生
現 芝浦工業大学柏中学高等学校教諭
NPO法人自然観察大学講師
日本の植物群系とアブラムシ相の関係をテーマに研究を続けている。
まず、驚いたのが「他の昆虫とアブラムシを比べる」と、話しが始まったことです。「アブラムシって虫じゃなかったの?」と、軽く自分を疑ってしまいました(注:もちろん昆虫です)
確かに、チョウやトンボなどの昆虫と比べると、一年の中で何世代も重ねる、世代の残し方(胎生,単為生殖と有性生殖)、役割による姿かたちのバリエーション(成虫と幼虫,翅の有無,幹母,雄と雌,有性世代を産む雌)など、いわゆる“昆虫”と比べることにより、アブラムシの面白さが浮き立つなぁ、と話しを聞きながら思いました。
アブラムシで面白いことの一つは子どもを産むこと(胎生)だと思います。
松本先生の説明によると、第一世代のアブラムシの体の中には、その後生まれてくる第二世代以降の子虫が、入れ子状態に入っているとの事。ロシアの民俗人形、マトリョーシカをイメージすれば分かりやすいと思います。
シナノキトックリアブラムシ
シナノキの冬芽に取り付く幹母と第二世代。細長いのは天敵のヒラタアブの卵。
幹母は、受精卵から生まれた第一世代。膨れたお腹の中には第二世代がぎっしり(黄緑色の点々)つまっている。
写真:松本嘉幸
アブラムシの一年(生活環)
春先の幹母から冬越しの受精卵(越冬卵)まで。暖かい時期は雌による単為生殖で世代を重ね、寒くなる(短日・低温)と雄と雌が現れ交尾し産卵する。冬越しの形態は種の環境によって異なる。卵で越冬、卵を産まず虫で越冬、環境に応じて卵や虫となる3タイプある。
「アブラムシ入門図鑑」松本嘉幸/著(全国農村教育協会)より
アブラムシの体
口吻で師管液を吸汁する。角状管からは警報フェロモンが分泌されることが知られている。
アブラムシの体には、種による特徴が少なく寄主植物が同定の大きな手がかりとなる。虫体による同定は、プレパラート標本にして毛などの比較が必要となる。
また、アブラムシの体内(菌細胞)には大腸菌に近縁なブフネラとよばれる共生細菌がいる。この共生細菌はアブラムシの老廃物(甘露は糖分なので老廃物ではない)と師管液の両方に含まれる微量なアミノ酸を材料にして、窒素をリサイクルし、必須アミノ酸を合成しアブラムシに供給している。こうしてアブラムシはブフネラの偉大な働きにより、大部分がショ糖である師管液だけで生きていけるのである。
ヨメナヒメヒゲナガアブラムシ。ヨメナを吸汁中。
「アブラムシ入門図鑑」松本嘉幸/著(全国農村教育協会)より
さて、話しは、松本先生ご自身のフィールド調査から幹母と寄生植物、それら植物の生育環境と関連付けたアブラムシの生態を生理と絡めての解説にうつります。
アブラムシのフィールド調査を重ねている研究者は日本では少なく、アブラムシの生態はまだよく知られていないことが多々あります。寄主植物も然り。アブラムシの多くの種は、寄生する植物が決まっているのですが、世代を通して同じ植物に寄生する種、世代で寄生植物を変える種など様々です。寄生植物を変える種では、全世代での寄生植物がわかっていないことも多く、フィールド調査は欠かせません。
キブシでの継続観察
植物でアブラムシのコロニーを見つけたら、一年間継続して観察することがお薦め。季節により異なった種類のアブラムシが見られることもある。
キブシの継続観察では、5月上旬に、キブシアブラムシのコロニーを葉裏で、イワタバコアブラムシのコロニーを葉柄基部で確認する。キブシでは、両種、寄生箇所を違えているようである。
イワタバコアブラムシは、その後、イワタバコでコロニーを確認した(8月中旬)
キブシアブラムシ。幹母(5月)。
松本先生のお気に入りの一枚。
イワタバコアブラムシ。幹母(5月)。
5月はキブシ、8月はイワタバコで見られる。
    写真:松本嘉幸
松本先生のお話から、フィールドならではのアブラムシの面白生態を一つ。
1日に1回、満潮時に海水に浸る汽水域に生育するハマサジ(イソマツ科)に寄生するアブラムシ(ハマサジアブラムシ)がいます。ハマサジが海水に浸かっている間(長い時で6時間ほど)、ハマサジアブラムシも一緒に海水に浸かっているそうです。
海水に浸かってしまうハマサジアブラムシ
汽水域に生育するハマサジを寄主とするハマサジアブラムシは海水の中で長時間耐える術を身につけているようである。
ハマサジの生育環境。中央
ハマサジアブラムシ。
ハマサジの葉柄基部や葉裏などに寄生。
    写真:松本嘉幸
(リポーター:鈴木奈美子)
………………………………………………………
アブラムシって面白い、と思ったら松本先生の「アブラムシ入門図鑑」を見てみよう!
「アブラムシ入門図鑑」松本嘉幸/著(全国農村教育協会)
意外?にもバリエーション豊富なアブラムシの模様。
6月には松本先生のアブラムシ観察会も計画中!
今年の2回の講習会はいかがだったでしょうか?
無事に12月、2月と終えることができスタッフ一同ホッとしております。
参加いただきました皆さん&HPを楽しんでいただいている皆さんのおかげです。どうもありがとうございました。
また、講師の皆さん方もありがとうございました。
今年の野外観察会は千葉県我孫子市岡戸です。こちらもよろしくお願いいたします。

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2011年度 室内講習会
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