自然観察大学
2012年12月16日 自然観察大学 室内講習会
通算21回目となる室内講習会のゲスト講師は、自然観察大学講師の田仲先生の恩師でもある『虫こぶ入門』著者の薄葉重先生。虫こぶで作ったインクの実験にはみなさんで参加して、活気にあふれた講習会となりました。
当日は使用できる椅子とテーブルを総動員したのですが、それでも定員オーバーとなってしまい、先生方には予備の丸椅子に座っていただくことになってしまいました。

■虫こぶを観察しよう
薄葉 重 先生
元都立両国高校教諭 元東京環境工科専門学校校長。現在は公益財団法人科学教育研究会などで観察会の講師をしている。
【おもな著書】「虫こぶ入門―虫えい・菌えいの見かた・楽しみ方―(増補版)」(八坂書房)、「虫こぶハンドブック」(文一総合出版)
薄葉先生の講座は、虫こぶのプレゼントと虫こぶのお話に、最後は虫こぶを使った実習と、愉しい内容でした。
話に熱中するあまり、少々?時間がオーバー気味だったため、予定していた虫こぶのビデオは割愛させていただきました。「ビデオを見たい」というリクエストもいただきましたので、2月の室内講習会の前に上映いたします。12時15分から約26分の上映となります。
●虫こぶのプレゼント
クヌギケハタマバチの虫こぶ。
袋には“クヌギハケタマフシ”と一つ一つ名前が入っていました。
薄葉先生から“クヌギハケタマフシ”という、クヌギの葉にできる虫こぶのプレゼントです。
虫こぶのたくさんついたクヌギの葉を一枚一枚透明なビニールに入れて、たくさんご用意いただきました。講習会の一ヶ月程前から近所の雑木林を歩き回って集められたとのこと。新鮮?なためそれぞれの虫こぶからは1〜2mm程のタマバチや寄生するコバチが発生しており、成虫、虫こぶ、虫こぶについた脱出孔など、一度にいろいろ観察できる“おもしろパック”に仕上がっていました。
講習中に「採集した虫こぶをビニール袋に入れておくと虫こぶを作った虫がわかりそうだが、必ずしも発生した虫が虫こぶの主(形成者)とは限らない。虫こぶを食べる虫かもしれないし、虫こぶの主(形成者)に寄生する寄生蜂の可能性もある」「何の虫こぶか知りたかったら、虫こぶを割って中に何がいるか見てみるとよい」そうです。
●虫こぶを観察しよう
「“虫こぶ〔Gall(ゴール)〕”とは、虫こぶ形成者〔Gall-maker(ゴールメーカー)〕が与える刺激により、植物の生長に異常が生じ変形した組織や器官である。虫こぶ形成者は、昆虫だけでなくダニ、センチュウ類、菌類と多岐にわたる」と冒頭に説明いただきました。
「“虫こぶ”というと混乱する人もいるのでとりあえず“ゴール”と呼ぶという方法もある」そうです。
また、虫こぶの名前は「植物名+寄生部位+形状+フシ(フシとは虫こぶのこと)」という語順になっています。構造が分かると想像しやすくなりますね。
数種類の虫こぶ形成者に寄生される植物もあり、それら虫こぶ形成者は寄生部位を違え、それぞれ多様な色と形の虫こぶを形成します。
ヨモギ類につく様々なゴール(図:薄葉重)。
葉、茎、など寄生部位は様々。名前もユニークです。
(上記の虫こぶ名は植物名“ヨモギ”を省略して表記しています。)
●エノキのキジラミによる虫こぶ
エノキの葉には、一見同じように見えるエノキハツノフシとエノキハクボミイボフシという虫こぶが出来ます。キジラミによる虫こぶで、葉表に角のある虫こぶとない虫こぶがそれぞれ出来ます(語順でどちらの虫こぶが角有りか考えてみてください)。葉裏からみると共に貝殻状の白い分泌物があり、虫こぶのフタのようになっています。観察してみるとエノキハツノフシの主は春と秋の年二世代、エノキハクボミイボフシの主は年一世代の発生です。
薄葉先生は、発生回数の差は南と北の環境の違い(温度差)によるものかと考え、調べてみたそうですが、両種の分布は混在しており、そう簡単にはいかなかったそうです。
薄葉先生は講座中“ここまでは観察して分かったが、ここから先は分かっていない”という主旨の発言を何度かされていました。この“分かっていない”は、聞き手に思考の余地や、観察してみよう、という気持ちにさせる不思議なポジティブワードのように聞えました。
  エノキハツノフシ エノキハクボミイボフシ

角のようにとがる。年二回発生。中に一匹幼虫がいるそうです。
イボのような虫こぶ。年一回発生。

貝殻状のフタ?がある。中のキジラミが分泌。
こちらにも貝殻状のフタ。
(写真4点:薄葉重)
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●外来植物の虫こぶ
ヨウシュヤマゴボウの虫こぶ(薄葉重)
タマバエの蛹の抜け殻(矢印)が多数みられます。
近年、ヨウシュヤマゴボウなどの身近な外来植物や植栽により本来の自生域以外にも植えられている樹木などに、これまでみられなかった虫こぶが確認されるようになってきているそうです。
分布していなかった虫こぶ形成者が、人が気付かないうちにやってきている可能性、また、在来の虫こぶ形成者が、今までは利用していなかった植物を利用するようになった可能性が考えられるそうです。
この他、いろいろな虫こぶの紹介、シーボルトにより出版された「日本植物誌」のエゴノキやイスノキに虫こぶも一緒に描かれていること、虫こぶに出来た傷を修復しているらしいアブラムシ等々をスライドと共にお話しいただきました。
虫こぶ形成者は、一方的に植物に寄生しているようにもみえるが、観察を続けていると、両者のふるまいには人に分かっていない共生関係があるようにも思える、と話されておりました。
●いろいろな虫こぶ
ほんの一部ですが、ご紹介いたします。
ムクノキハスジフクレフシ
ムクノキトガリキジラミによるゴールです。
本種の虫こぶができた葉は、落葉期になっても枝についたまま落ちません。離層の発達を阻害するような物質をキジラミが発しているのかもしれません。
落葉期の虫こぶ
(薄葉重)

冬芽が大きくなっています。
↓ヌルデミミフシ
アブラムシによるゴールです。
虫こぶの中で世代を重ねたアブラムシが、秋にチョウチンコケ類に飛び立ち(寄主転換)します。
虫こぶには、先に紹介したムクノキハスジフクレフシのような開放系の虫こぶとヌルデミミフシのような閉鎖系の虫こぶがあります。
閉鎖系の虫こぶの中で、虫こぶ形成者が排出する不要物がどのように処理されているのかは、分かっていないことの一つです。植物の内壁を、吸収するように変化させているのでは、とも考えられています。
(薄葉重)
↓ツツジのモチ病菌によるゴール
これも広い意味での虫こぶ“ゴール”です。
薄葉先生は、子どもの頃、見つけると食べたそうです。お味は、「ちょっと渋い」とか。食感も気になりますね。
(薄葉重)
●虫こぶ体験――タンニン液でお絵かき
虫こぶの多くにはタンニンが含まれ、人間はいろいろとそのタンニンを利用してきました。薬用、皮なめし、染色、インクの材料、食用などの利用法をレジメ等と合わせて説明いただいたのですが、それら解説の最後には、愉しい虫こぶ体験が用意されていました。
薄葉先生がご用意くださったのは虫こぶのタンニン液。簡単にいうと、水に、砕いた虫こぶ(今回はヌルデミミフシ)を数日間つけた液体です。今回は一日つけた液(薄い茶色)と三日つけた液(濃い茶色)をブレンドしました。
筆代わりの綿棒をこの液体に浸し、半紙に自由に綿棒をはしらせます。乾かすと半紙にはうっすら跡が残ります。この半紙に鉄分を含んだ液体をスプレーすると・・・
おおっ、何を書いたか一目瞭然、線が黒く明確に浮かび上がってきました。
インクの原理でタンニンと鉄(硫酸第一鉄。草木染などの染色用具を扱っている店で販売)と酸素が結びついた結果です。話しを聞くだけよりも、断然記憶に残りますね。皆さん、半紙に描いた線が黒く浮かび上がると歓声をあげ、周りの方々と見せ合っていらっしゃいました。
早速、愉しく復習ですね!   みんなでお披露目♪
 
何を描こうかな。
中央の牛乳瓶がタンニン液(矢印)
今回はヌルデミミフシのタンニン液ですが、こだわらず「いろいろな虫こぶで試してみて」と、薄葉先生。「やってみることで、より良いものができる。マニュアルではなく“試行錯誤”が自然観察の精神」と、さりげなくメッセージを発していらっしゃいました。
*薄葉先生より耳寄り情報
虫こぶ体験に使用した“第一酸化鉄(硫配第一鉄)”を薄葉先生は下記のお店で入手したそうです。
田中直染料店 東京渋谷店
〒150-0011 東京都渋谷区東1−26−30 宝ビル3F
Tel 03−3400−4894(混雑時には京都本店へ自動転送されます)
営業時間AM10:00〜PM6:00 定休日/日曜・祝祭日
※「田中直染料店」で検索するとHPがみつかります。

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■ロゼット型の雑草を観る
岩瀬 徹 先生
自然観察大学名誉学長
雑草を中心とした身近な植物の生活を通して自然を観察する方法を研究し、それを広めてきた。
【おもな著書】「校庭の雑草」などの校庭シリーズ、「雑草博士入門」「形とくらしの雑草図鑑」(全国農村教育協会、共著を含む)など多数
日本最初の雑草学研究書といえる半澤洵の「雜草學」では、雑草を茎の成長の方法によって
特立(直立型)
平臥(分枝型)
匍匐(ほふく型)
縮茎(ロゼット型)
行茎(根茎型)
纏繞(つる型)
の6個に分類しています。
この中の縮茎というのがいわゆるロゼット型の雑草のことです。ロゼットは模様が美しく、身近な環境でもよく見られるため、雑草観察のスタートに最良の存在であるといえます。
オオバコのロゼット(岩瀬徹)
花茎を伸ばしたオオバコ(岩瀬徹)
典型的なロゼットとして知られているのがオオバコやセイヨウタンポポ。これらは花をつける時だけ花茎を伸ばし、年間を通じてロゼットで過ごします。
これに対し、ナズナやタネツケバナ、オニノゲシなどは、冬の間はロゼットで過ごし、暖かくなると茎を伸ばして成長します。このタイプの雑草は多いです。
ナズナのロゼット(岩瀬徹)
茎を伸ばしたナズナ(岩瀬徹)

雑草のうちロゼット型の割合は、たとえば
「形とくらしの雑草図鑑」(全国農村教育協会 刊)に掲載されている280種のうちでは65種(24%)となっており、ロゼットを形成する雑草がかなり多いことが分かります。

ロゼットをよく観察してみると、一定の角度ごとに回転しながら新しい葉を付けていることが分かります。この葉の順番のことを葉序(互生葉序、あるいはらせん葉序)といいます。茎では、図のように1/2、1/3、2/5などがあります。
メマツヨイグサ ロゼットの葉が出る順番(葉序)
(岩瀬徹)
「写真で見る植物用語」(全国農村教育協会 刊)
P65で詳しく解説されています。
葉序のモデル
たとえば、メマツヨイグサのロゼットは、8番目ごとにもとの位置にきて、その間に3回転します。これは3/8葉序です。のちに茎が立ちますが、そこでの葉序も同じです。この葉序によって葉はうまく光を受けます。
さて、ロゼットにもメリットとデメリットが存在します。メリットは
●発芽後、早く根生葉を広げ、早く地面を占有することができる
●中心にある芽を乾燥や暑さ、寒さから保護できる
●芽が低いため踏みつけに強く、草刈りから逃れやすい
などの点があります。
一方で
●草丈が低いため、周囲を高い草に覆われると衰退してしまう
という大きな不利もあります。この点を補うため、ロゼットから茎を伸ばすタイプは有利です。
裸地を占有するハルジオン(岩瀬徹)
さて、雑草をはじめ草本の生活史にはいくつかのパターンがあります。一般的には
●1年草…発芽から成長・開花・枯死までが1年以内で、ある期間は種子のみで過ごすもの
●越年草…1年草のうち越冬するタイプ
●2年草…発芽から成長・開花・枯死までが2、3年に及ぶもの
●多年草…地上部は枯れても体の一部は残り毎年成長を繰り返すもの
に分けられます。
シロイヌナズナやミチタネツケバナはロゼットを作りますが、生育期間の短いタイプです。越年草と2年草は、図鑑類で混用されていることが多いですが、区別をする必要があります。オオマツヨイグサやメマツヨイグサはロゼットを作ってから茎を立てるまで、満1年以上、足かけ3年に及ぶことがあります。これははっきりと2年草としたいです。ヒメジョオンやオオアレチノギクもその傾向があります。ハルジオンは地下で栄養繁殖をするので、多年草といえます。マツヨイグサやギシギシ類も根の発達した多年草です。
雑草にはときどきの条件に応じて、生活史のパターンを変えながら生育している種が見られます。たとえばナズナは冬をロゼットですごし春に茎を伸ばすのがふつうですが、春に発芽した個体が夏に小さいまま花をつけている、ミニ型個体と呼べるようなものを見たことがある方も多いと思います。ヒメムカシヨモギやオオアレチノギクでも、ときにロゼット期間を持たずにミニ型として生育しているのを観察することができます。
通常個体のヒメムカシヨモギ
「雑草博士入門」(全国農村教育協会 刊)P67より抜粋
ミニ型個体(岩瀬徹)
雑草は人の手が加わるような土地に生えるため、耕されたり刈られたりして生育環境に大きな変化が起こる場合があり、臨機応変に対応するため生活史を変化させるようになったのだと考えられます。それが可能になるのも雑草の強みだといえるでしょう。
裸地に新たに群落ができ、年数を経るにつれて、変わっていく現象を遷移といいますが、その初期を構成するのは雑草群落です。ヒメムカシヨモギやオオアレチノギクもその一員ですが、両者の位置づけは微妙に違います。生活史のパターンの違いが影響していると思われ、ロゼット植物の興味の1つです。

2012-13年度 室内講習会
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