植物生態観察図鑑
−おどろき編−
本多郁夫/著
全国農村教育協会
2014年3月10日発行
B5判 192ページ
定価(本体2,950円+税)
出版社からの紹介 http://www.zennokyo.co.jp/book/kusa/ssko1
 この書名を見ると何か類書があるように思われるかもしれないが、開いてみるとかなり違う。おどろき編という副題があるように、まさにおどろきの観察が満載されている。著者の本多さんは以前からホームページ「石川の植物」を立ち上げ、幅広い観察記録を紹介してきた。石川県での活動歴は長い。その蓄積が「知るほどに楽しい植物観察図鑑」(2007)という本になった。これは自費出版で、本多さんの思いのままに写真を駆使し記述がなされている。いかにも生の観察記録に引き込まれるような思いで頁を追った。その観察の手法は半端でなく、ここまでやるの? といった感もあった。
 本多さんの言を借りれば、観察を進めていくとわからないということがわかった、という。それを楽しみながらやるというのが本多さん流である。
 前著では、内容はおどろくべきものがあるが、読者の立場からは文の形態、レイアウト、印刷などに若干の課題があるように感じられた。本書はその続編ではあるが、専門の出版社の制作となって、これらの面が格段によくなり読みやすくなった。
 一般の図鑑などには書いてないこと、書いてあっても中途半端であったり誤りがあったりすること(じつはこういう例はたくさんあると思うが)を、本多さんは見逃さない。自分の目で確かめ、苦労して撮影して記録する。本来観察とはそういうものであろうが、なかなか真似のできることではない。
 さて本書は、ウマノスズクサ、コシノコバイモ、ショウジョウバカマ、ナニワズ、オウレン、ヤドリギ、クロモなど18項目からなっている。花や果実の構造や結実のしくみ、雌雄異株や同株をめぐる問題などを追求したものが多いが、イソスミレの項では砂丘における消長、ケイリュウタチツボスミレやサツキでは渓流の環境との関係に主眼をおいている。石川県に数十年ぶりに出現したオニバスの生活から、最後に加賀海岸の砂丘の消長で締めくくっている。個体の生態から野外の群落と幅広い。特に加賀海岸のイソスミレの大群落、海食崖上のノハナショウブの大群落の写真は圧巻で、すぐにでも現地に立ちたい思いに駆られる。
(頁見本 PDF)
 各項目の内容は到底ここに紹介しきれないが、例として冒頭のウマノスズクサを見てみよう。この花は奇妙な形をしているが、先ず早朝に開くその瞬間をとらえるのに苦労している。がくは筒状で先がラッパ状に開き、基部は球状にふくらむ。このふくらみは子房のように見えるがそれは浅はかな観察で、なんと柱頭が集まっているところ。著者は柱頭室と名づけている。筒や柱頭室の内面には毛が密生している。中にはよくハエが入っているが、ハエと受粉と毛の変化が織りなすドラマが展開する。それはすべて写真に収められ記述されている。ぜひ本書を見て納得していただきたい。ウマノスズクサの花はきわめて果実ができにくいという。まれにできた果実の写真があるが、これを見て牧野図鑑のいう語源(馬の鈴草)の説明を納得できるか疑問も出そうだ。
 サネカズラはビナンカズラ(美男葛)ともいい、枝の樹皮から出る粘液を昔は整髪料にした、と一般の図鑑に記されている。本多さんはこれも曖昧な記述と見た。枝の断面を作って子細に観察すると、先ずは師部の間にある細胞間隙から粘液が出てきた、茎をつぶすと皮層や髄からも出てきた。この組織を何というかまだ不明である。本多さんは刊行記念講演(*)のさい、2日前に枝を潰して水に浸しておいたものを見せてくれたが、とろっとした粘液が垂れ、いかにも整髪に使えそうであった。だからビジョカズラ(美女葛)といってもいいのではとのこと。
 著者の観察はまだまだ続くし、集まっている資料も数多ある。すでに続編のことも視野にあると聞く。いわゆるプロの研究者がなし得ない「知るほどに楽しい」観察にいっそうの期待がふくらむ。 
自然観察大学名誉学長 岩瀬 徹

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