■昆虫の口 形には理由(わけ)がある
―「形、働き、食性」から考えること―
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山崎 秀雄 先生
自然観察大学講師。
千葉県のコウチュウ目相解明とゴミムシダマシ科の分類に興味を持つ。
市川中学校・市川高等学校で長年生物教育を実践してきた。
甲虫類に限らず昆虫全般の幅広い知識は、絶えることのない笑顔とともに観察会で威力を発揮している。 |
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講演のトップバッターは、この本の著者である山崎先生です。
昆虫の体の中から「口器」を選び、その構造と働きについての詳細な話をいただきました。
誠実でにこやかな先生の人柄がにじみ出るような話しぶりに、会場は教室で楽しい授業を受けているような雰囲気に… みなさん、少年少女のように聞き入っていました。
はじめに、脊椎動物と昆虫の口器の違いについて話があり、それに続いて昆虫の口器を構成する上唇、大顎、小顎、下唇、小顎髭、下唇髭について、バッタの口器の拡大写真で説明いただきました。 |
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●昆虫は「口でものを言う」 |
昆虫の口器では各パーツが、食性や使い方によりさまざまに変化しています。それは餌を摂り、運び、巣を作り、あるいは敵と戦うなど、いろんな目的に使うためでしょう。口器は生きていくため、また命をつなぐために欠かせない道具です。
人は“口と眼でものを言う”が、昆虫は“口でものを言う”と、私は確信しています。
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●体の外で咀嚼(そしゃく)する? |
脊椎動物は顎(あご)を上下に動かし、食物は口の中(即ち体内)に取り込むので、体内咀嚼型(内口器型)といいます。
これに対し昆虫は顎を左右に動かし、咀嚼している間、食物は体の外にあるため、体外咀嚼型(外口器型)とされます。咀嚼して飲み込む場合と、咀嚼せずに飲み込む場合があります。 |
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●餌に合わせて、口器も変わる |
昆虫には幼虫期と成虫期があります。その間に餌を変え、幼虫から成虫へかけて成長の過程で口器を変化させる必要が生じることもあります。いわゆる完全変態の昆虫がそれですね。
餌が固体か液体かにより口器は変わります。また、餌が動物か植物か、生体か死体かなど、状況によっても口器の形は変化します。ストロー状、針状、ブラシ状、やすり状、はさみ状、それらの合体したタイプなど、まさに生物進化の妙と言えます。 |
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チョウの幼虫は固形物の植物を食べる「咀嚼口」ですが、成虫になると長い管の「吸収口」になります。この構造はストローを巻いたような単純なものではありません。どのようにして液体を吸収するのでしょうか?
チョウの成虫の口吻(こうふん)は、一見するとみな同じ構造に見えますが、調べると微妙に異なります。
ナガサキアゲハ(アゲハチョウ科)とアカボシゴマダラ(タテハチョウ科)の口吻をくらべてみましょう。 |
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ナガサキアゲハの成虫は訪花して蜜を吸収します。
長い口吻を、普段は小さく巻いていますが、吸蜜するときに伸ばして、花器の奥にある蜜を吸収します。
口吻は2本の小顎鬚(こあごひげ)が接合して管状になっています。標本で確認してみると、2本がきれいにはがれました。
ナガサキアゲハは花蜜を吸収するので、口吻の先端は単純な形をしています。 |
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ナガサキアゲハの口器と先端の構造.(写真はすべて山崎秀雄) |
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次はアカボシゴマダラです。
口吻を巻いたところは、ナガサキアゲハとよく似ていますが、口吻を伸ばしてみると、先端が丸まっています。
さらに拡大してみると、先端の丸まっている部分はブラシ状になっていました。
アカボシゴマダラは樹液を吸うため、このブラシ状のところで樹液を集めて吸うのだと考えられます。 |
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アカボシゴマダラの口器と先端の構造.(写真はすべて山崎秀雄) |
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花の蜜を吸うか、樹液をなめるように吸うかで、こんな違いになったんですね。
昆虫たちの“適応の妙”をあれこれと考えるのは楽しいです。
この夏、私は“舌切りおじさん”になって、チョウの口器構造を調べて見ようなどと考えています。ワクワクしますね。 |
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●ハチ目の口器は変幻自在 |
口器を多様に進化させ、有効に使っている昆虫は何でしょうか。
私はハチ目だと考えています。
大顎は、獲物を狩ったり運ぶため、ある時は戦いのため、あるいは巣作りの道具として使います。
そのほかに小顎があり、舌(舌状の唇)が食性などの目的別に進化しています。
口器の適応は様々であり、研究課題として興味のわく題材です。 |
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写真上はクマバチ(キムネクマバチ).右は小顎を開いて舌を伸ばしたところ.
写真下はジバチの一種を腹面から見た口器.右は舌の先端.(写真はすべて山崎秀雄) |
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●ゾウムシ類の口器はなぜ細長い? |
ゾウムシの仲間は細長い口器を持ちますが、なぜでしょうか。
細長いゾウムシの口器は、硬いものに小さな孔を開けるために適応してきました。ゾウムシは果実や種子などの硬い植物に産卵するものが多く、そのための孔を開けるための口器です。
またゾウムシの仲間は、硬い体で、標本にするときに針の通らないようなものもあります。
硬い物に孔を開けるには、硬い歯(大顎)とその支えとなる体が必要です。それで体全体が硬くなったのでしょう。
硬い果実や種子に卵を産めば、ふ化した幼虫の周りは餌がいっぱいで、安全な環境でもあります。ゾウムシ類が繁栄するために、この生活様式になり、そのための口器が発達したのでしょう。 |
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長い口吻の先端には鋭い大顎があって、これで孔を開けます。 |
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マダラアシゾウムシの口吻とその先端.
右端写真は腹側から見たところ. |
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(写真はすべて山崎秀雄) |
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ところで、この顎を動かす筋肉はどこにあるのでしょう。先ほど紹介したハチ類は、大きな頭部に筋肉が詰まっていて、これで大顎を動かしましたが、ゾウムシの小さな頭に筋肉があるとは考えられません。 |
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オオゾウムシの標本を解剖して、構造が判明しました。 |
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左からオオゾウムシ成虫、胸部の筋肉、大顎を動かすための腱.(写真はすべて山崎秀雄) |
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オオゾウムシの頭部は、黒い複眼のある箇所から先の部分だけです。頭部は小さいですね。
解剖してみると、発達した胸部に筋肉が詰まっていました。
さらによく調べると、口吻の中を通って腱があり、筋肉と大顎はこの腱でつながっていました。
胸部の筋肉で、マジックハンドのように大顎を動かしているんですね。 |
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ここで紹介したほかにも、ハエ目の口器の話、ウスバカゲロウの幼虫の大顎の話、ヤゴの捕獲仮面の話など、興味深い話をしていただきました。
今回の講演は「昆虫博士入門」発刊記念でしたが、書籍に掲載されていない、より緻密で高度な、期待をはるかに上回る充実した内容でした。
それでも、山崎先生の口器の観察はまだはじまったばかりのようです。今後の追及とその発表が期待されます。 |
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