自然観察大学
2017年2月12日 自然観察大学 室内講習会

ボルネオ島 熱帯雨林の一日
延べ700日以上に及ぶフィールドノートの記録から
中安均 先生
自然観察家。生態(生物同士のかかわり、生物と環境とのかかわり)と進化の視点から生物を観ることを心がけている。身近な自然の観察はもちろんのこと、ボルネオ島を主なフィールドとして、熱帯雨林での自然観察も長年続けている。
元千葉県立高校教員。自然観察大学講師。
●はじめに
ボルネオ島を初めて訪れたのは1989年のことでしたが、熱帯の自然の印象は強烈で、その魅力にすっかりはまってしまいました。
その後、27年間連続で少なくとも年1回は訪れており、現地での滞在日数は700日を超えました。熱帯の自然は実に多様で奥が深く、訪れるたびに新たな出会いや発見があり、興味は尽きません。
何日も観察を繰り返していると、「生物たちの一日の中での生活のリズム」が次第にわかってきます。今回は、これまでの膨大な観察記録の中からそうした視点で選び出した話題を、時刻を追って紹介してみようと思います。舞台は低地から丘陵にかけての熱帯雨林に絞りました。
一日の中で生き物の暮らしの確かな区切りとなっているのは日の出と日の入です。赤道直下にあるボルネオ島では一年を通じてその時刻は午前6時と午後6時でほぼ変わりません。
今日の話は日中の午前と午後、夜間の3つのパートに分けて進めます。
このレポートで紹介した写真撮影はすべて中安均(禁無断転載)
< > 内は撮影場所と年月
●日中の午前
夜明け前、鳥たちのコーラスより先にテナガザル夫婦のデュエットが始まります。
鳥のさえずりは日が昇る6時前後の30分間ほどが最も盛ん。朝は一日のうちで最も森に生気がみなぎり、熱帯雨林の生命の豊かさを最も体感・実感できる時間帯です。
休息に入る前の夜行性動物に出会うチャンスもまだあります。
テナガザル夫婦のデュエットで熱帯雨林の夜は明ける
05:00
まだ星が瞬いているうちから、鳥たちより先にテナガザルが歌う。
まず聞こえてきたのは「ホワ、ホワ、ホー」という雄のソロ。
しばらくしてから夫婦のデュエットが始まる。<B.Bangkirai 01.1>

 

 

林冠で暮らすテナガザル(ヒガシボルネオハイイロテナガザル)の夫婦
<BRL 97.8>

樹冠部で一夜を過ごしたモリオオアリが地表の巣穴へと戻っていく

 

 

05:20
モリオオアリがマジャウ(フタバガキ科)の巨木(地上30m地点)を続々と下りていく。ピークは05:40〜50頃。
登っていったのは昨夕の18:00前後のこと。
<BRL 03.8>

夜の鳥は鳴き止み、休息へ
05:30
時折、ボルネオアオバズク(仮称)やスンダオオコノハズク、ミミヨタカの鳴き声が遠くから聞こえる。夜の鳥の鳴きおさめ。
<B.Bangkirai 01.1>

 

 

05:50
抱卵の交代に戻ったミミヨタカ。羽音は全くしなかった。
<Sungai Wain 13.9>

6時前後の30分間、鳥たちのさえずりは最高潮
05:45
鳥たちのさえずりがあちこちから湧き上がる。それまでの静寂がうそのよう。
<BRL 01.8>


 

05:55
随一の歌い手、ズグロチャイロチメドリ。
<Sepilok 12.12>

目覚めたら、先ずは食事 イチジクの実を食べに集まる鳥や獣
06:00
サイチョウ類は6時前後によく飛来。
その後もアオバト類、ルリコノハドリ、オオコノハドリ、ゴシキドリ類などが三々五々飛来する。
一晩を樹冠で過ごしたビントロングは9時ごろ木を下りた。<DVFC 03.8>
08:00
ノドアカゴシキドリ
<Gn.Gading 99.7>
08:30
サイチョウとカニクイザル
<Sukau 03.8>
09:20
イチジクの木を下りるビントロング<MB 08.8>
オランウータンも起床後すぐに朝食
06:20
目覚めるとすぐにドリアンの木に登り、実を食べ始めた。
昨夕は同じ木で食事を終えた後、18:38から寝床作り。18:42には静かになった。<Kawag 16.8>

 

 

07:45
ドリアンの実を食べるボルネオオランウータン(若い雄)

早朝は獣たちとの出会いのゴールデンタイム
06:00
大きな雄のバンテンが朝もやの中、伐採跡地で草木を食んでいた。<MB 04.8>
06:30
道路際で草を食べるスイロクの雌<DVFC 10.8>
07:20
路上に現れたマーブルドキャット<Tabin 99.8>
花の蜜を吸いに来る鳥
09:00
昼咲きのベッカリー・バナナ Musa beccarii の花の蜜を吸いに来たコクモカリドリ<BRL 97.8>
09:30
アオギリ属の花の蜜を吸いに来たオオキミミクモカリドリ<Gn.Gading 99.7>
08:20
ジャケツイバラ属の花の蜜を吸いに来たノドアカタイヨウチョウ(右は拡大)。花は薄緑色で目立たないが、果実の赤い鞘はよく目立つ<Dagat 06.8>
日中の森で出会った奇妙な動物たち
10:00
人の気配で眠りから起こされた
ニシメガネザル
<DVFC 03.8>
10:30
幹に張り付いて休息中のマレーヒヨケザル
<Bako 98.8>
11:40

逃げ去るフサミミクサビオリスの後姿 <Poring 11.8>
●日中の午後
暑い時間帯には休息する動物が多く、出会いのチャンスは少なくなります。
鳥たちのさえずりもあまり聞こえてこず、朝の賑わいがうそのよう。
そんな中、昆虫たちの動きは活発。
夕方になると暑さも収まって、再び、鳥や獣の動きが目立つようになります。
森の隙間(ギャップ)や林縁で暮らす虫
09:20
ハンミョウの仲間。
近づくと飛び立ち、
少し離れた葉の上に止まる。
<Bilit 14.10>
11:25
ハチに似た小型のカミキリムシ(シラホシカミキリ属)これも葉から葉へと飛んで逃げる。<Bilit 14.10>
12:25
フシギノモリノオナガシジミ(ミドリシジミ亜科)の雄。飛び立っても、また戻ってくることが多い。<Bilit 14.10>
森の忍者
13:05
明るい色彩のチョウが飛んできて止まったと思ったら消えた。
あらためて周辺をよく探し、枯葉に化けたチョウ(ムラサキコノハ)を見つけた。<Serinsim 08.3>
翅を広げたところ(左)と閉じたところ(右)
15:15
コノハムシを発見。地上1mあたり、幹に止まっていた。
まだ翅が伸び始めてない雌の幼虫だ。
樹上から落ちてしまい、登って戻る途中だったのだろう。幹の表面では目立ってしまう。<Sayap 12.8>
幹を登るコノハムシ
葉の裏側に止まれば目立たない
眠る前の腹ごしらえ
15:50
手で若葉をちぎりとって口に運ぶ
クリイロリーフモンキー
<DVFC 06.3>
17:10
ミナミカンムリワシ。
捕らえたヘビをつかんでいる。
<Tabin 06.1>
日没前後、活動を終える動物、始める動物
16:30
高木の枝の上で早くも眠りについた
ミューラーテナガザル
<B.Bangkirai 13.9>
17:35
石灰岩地の洞窟から飛び出したコウモリ(ヒダクチオヒキコウモリなど)の大群<Mulu 02.8>
クロテイオウゼミ<DVFC 95.8>
毎日、ほぼ日没の時刻に大きな声で鳴くので、現地では「6時ゼミ」と呼ばれている。
●夜間
昼と夜の世界が入れ替わる日没は、夜に活動する動物たちにとっては新しい一日の始まりです。
寝起きの空腹を満たすために動き回るせいか、夜行性動物に出会える確率はあまり遅くなりすぎない時間帯の方が高いようです。
夜の森ではカエルやヘビ、眠る鳥やトカゲなども興味深い観察対象となります。
ねぐらから出て動き出す夜行性動物
18:20  地上30m ほどの高さのところにある巣穴から顔を覗かせていたオオアカムササビ(左)が外に出てきた(右)。全長は1mほど。<BRL 01.8>
18:30
日中潜んでいた樹洞から体の一部を覗かせているオオツチグモの仲間<BRL 03.8>
18:50
木の洞から半身を出し、じっと身じろぎせずにいるチャグロサソリ<UTJC 95.8>
夜咲きバナナの花への来訪者

 

 

18:30
アクミナータ・バナナMusa acuminataの花序の苞が上がり始め、白い花が現れる。
<Serinsim 08.3>

18:50
バナナの花を訪れたバナナセセリとハサミムシ(ネッタイハサミムシ科の一種)
20:00
バナナの花に近づく
ヨアケオオコウモリ。
翼を広げると50cmほど
21:25
バナナの花を訪れたシタナガフルーツコウモリ。口の周りが花粉で白くなっている
夜の猛禽
19:00
マレーウオミミズク。ロッジ周辺の外灯の明かりに集まるカブトムシなどの大型の虫を狙って、毎晩やってくる<BRL 97.8>
20:05
オオフクロウ。道路際の木に止まって待ち伏せ、路上に出て来る獲物を狩る<MB 04.12>
21:30
マレーワシミミズク。道路際の木に止まり、路上に出てくる獲物を待ち伏せる<DVFC 03.8>
樹上で眠るトカゲ・鳥
19:15
細い枝の先にがしがみついて眠るイツスジトビトカゲ<Mulu 09.1>
19:25
高木の梢の枝に止まって眠るサイチョウ
<Tabin 07.3>
20:20
頭を背中に潜り込ませて眠る
ズアオヤイロチョウの雄
<BRL 97.8>
夜の森で出会った獣
21:10
捕らえたコオロギを口にくわえているニシメガネザル<Bilit 09.12>
21:45
道路沿いの草むらで休息中の
ベンガルヤマネコ
<Tabin 07.3>
22:35
木の根元でうとうとしているヒゲイノシシ<Bilit 09.8>
 
●まとめ
今日の話のメインの視点は「一日の時間経過をたどって生物の暮らしを見てみよう」というところにありました。ボルネオ島を舞台とした話でしたが、皆さんがいろいろな地域の自然に接する際にも役立つような見方や情報を提供できたなら嬉しく思います。

中安先生のボルネオ取材は、延べ700日(!)に及ぶということです。
講演ではそれを一日の時間経過という形になぞらえて話が進みました。
たくさんの、興味深い、そして貴重な写真を、たっぷりと見せていただきました。
中安先生、ありがとうございました。
このレポートでは、そのほんの一部を紹介させていただきました。
レポートまとめ:事務局/大野透

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