自然観察大学
2017年12月10日 自然観察大学 室内講習会
日本の季節とフェノロジー(生物季節学)
 
  『季節の生きもの観察手帖』刊行記念
唐沢孝一 先生
都市鳥を中心とした都市生物の生態、および自然観察の方法について研究している。近年、興味の対象は動物全般、植物、文化などに広がっている。『季節の生きもの観察手帖』では執筆分担の中心的役割とともに編集委員長をつとめた。
都市鳥研究会顧問。都立両国高校(生物教師)などを経て、2008年まで埼玉大学で「自然観察入門」を担当した。
自然観察大学 学長。
2017年4月、NPO法人自然観察大学・企画編集による『季節の生きもの観察手帖』が発刊になりました。
発行以来数か月が経ちましたが、本書の特徴や内容、発行の意義、課題などを再確認し、今後の自然観察の活動や本書の普及に繋げたいと思います。また自然観察にとって重要な二十四節気やフェノロジーについても触れたいと思います。
季節の生きもの観察手帖

『季節の生きもの観察手帖』の特徴

本書の特徴として次の2点が挙げられます。
第一は、「観察手帖」とあるように、フィールドで観察したことを手帖に記録できることです。「自分の観察を書き込める」とも言えます。
月日の項目に「曜日」が記入してないので、年度を越えて何年も記入できるという利点もあります。自分が普段観察しているフィールドで、日々の観察を記録していくだけで、数年後にはマイフィールドでの自然誌が仕上がる、という仕掛けです。
しかも、それは世界でたった一つの貴重な記録として残ります。
第二の特徴は、「二十四節気 七十二候」で季節を区切っての自然観察です。
二十四節気は、1年を二至二分(冬至・夏至、春分・秋分)や四立(立春・立夏・立秋・立冬)によって8分割し、さらにそれを3等分して24分割した季節です。
二至二分は天文学的な計測に基づくものであり、何百年、何千年を経ても変わることがありません。また、二十四節気の各節気を3分割したのが七十二候です。
二十四節気が約15日単位の季節であるのに対し、七十二候は約5日単位の季節です。より細やかに季節変化を捉えることが可能です。
ちなみに、二十四節気は2016年ユネスコ無形文化遺産に登録されましたが、その選定理由は「中国人が季節や気候、動植物などの変化の法則を把握するために太陽の一年間の動きを観察して成立させた知識体系である」とされ、羅針盤、火薬、紙、印刷に次ぐ中国第5の発明として高く評価されました。中国で誕生した季節の区分法を、日本はそのまま導入し、長い年月をへて改良を加え、日本の風土に適応させてきました。
●フェノロジー(Phenology)と自然観察
自然観察はフェノロジー(生物季節学)と密接な関係にあります。また、「本書の骨格の一つはフェノロジーである」と言っても過言ではありません。
岩波の『生物学辞典』によれば、生物季節学は「生物季節(学)、花暦(学)。季節的におこる自然界の動植物が示す諸現象の時間的変化およびその気候あるいは気象との関連を研究する学問」とあります。また、『生態学事典』(日本生態学会編、共立出版)によれば、「生物が時間軸に沿って毎年のように繰り返して示す現象を記載し、その進化的意義を明らかにする研究分野をフェノロジーといい、通常、生物季節学と訳されている(菊沢喜八郎)」とあります。
自然界の生物が示す季節的な諸現象に着目し、それぞれの地域で観察や調査を行ない、観察を継続することによってデータを蓄積するならば、日本各地の自然情報を比較できるようになる、と期待できます。その際に大事なことは、あくまでも特定の場所、地域にかかわった自然情報の収集です。マイフィールドにおける個別的な観察情報は、他者が真似できない独特な価値を持っているからです。
●『季節の生きもの観察手帖』の観察事例
本書では、節気ごとに24項目の「おすすめの観察テーマ」を掲載しています。
また、七十二候では左ページに日々の観察事例を、右ページには観察した生物のカラー写真を掲載しています。動植物の異なるジャンルを横断的に掲載することにより、その季節に観察して見たい生物を一目で概観できます。しかし、あまりにも項目が多いため、「広く浅く」触れざるをえません。
そこで、ここでは、時間の許す範囲で、気になる観察テーマや、注目したい項目について、以下の(1)(6)について取り上げました。
(1) 大雪(12/7〜21ころ) 「春を待てない雑草」
「大雪」のページ(p.178)を開くと、霜柱の降りた畑に緑の植物が生えています。ミチタネツケバナやホトケノザなどの雑草が寒さの中で緑の葉をひろげ花を咲かせています。冬なのに春を待てずに開花する植物とは何でしょう。
演者がフィールドにしている江戸川土手でも、2012年の秋に芽生えた雑草を見つけました。幼植物の名前は分かりませんでしたが、継続して観察したところ、越年して2月21日に開花しました。
2012年11月20日(写真:唐沢孝一)
2013年2月21日(写真:唐沢孝一)
なんと、よく知っているヒメオドリコソウでした。ささやかな感動がありました。と同時に、ヒメオドリコソウのような越年性一年草の生き方をようやく理解できたような気持ちになりました。
生物に寄り添って、時間をかけて観察してみることの重要性を身に沁みて感じました。
(2) 大寒(1/20〜2/3ころ) 「ニホンアカガエルの産卵」
「春を待てない雑草」とよく似た動物がいます。大寒のおすすめテーマの「ニホンアカガエルの産卵」です。
霜の降るような寒い夜間、次々と冬眠から覚めて集まり、産卵するニホンアカガエル。なぜ、温かい春になるのを待てないのか、とても不思議です。しかし、カエルの立場にたって観察してみるうちに、それなりの事情があることも理解できてきます。
抱接中のニホンアカガエル
(写真:田中正彦、『季節の生きもの観察手帖』より)
我孫子市岡発戸のニホンアカガエルの卵塊
(写真:唐沢孝一、『季節の生きもの観察手帖』より)
このページでは、千葉市下大和田で休耕田を耕して自然観察活動をしている田中正彦さんの貴重な写真を借用しています。また、自然観察大学としても観察会を実施している我孫子市の岡発戸の谷津で、休耕地のヨシ原を刈り取って水域をひろげる活動しているあびこ谷津学校友の会の調査結果も参考にさせていただきました。詳しくは本書をご覧ください。
(3) 穀雨(4/20〜5/4ころ) 「春の妖精、ヒメギフチョウの季節」
早春に羽化するギフチョウやヒメギフチョウは、春の妖精として多くの愛好家に親しまれています。ギフチョウは西日本に、ヒメギフチョウは長野県、赤城山、東北地方に分布しています。
ヒメギフチョウはなぜ関東地方では赤城山の一部にのみ分布しているのでしょうか。北方系のヒメギフチョウは、最後の氷河期が終わると、温暖化と共に、北へ、高地へと移動した結果、一部が周囲の山か等独立している赤城山に取り残されたと考えられています。そのヒメギフチョウの生活は、早春に羽化し、まずは吸蜜します。
カタクリを吸蜜するヒメギフチョウ
(写真:唐沢孝一、『季節の生きもの観察手帖』より)
が、その羽化の季節にカタクリやエイザンスミレ、アカネスミレなどの花が開花しなかったらどうなるでしょうか。蝶と花と、さらには食草になるウスバサイシンなどがセットとしてその季節に出現することが必要です。さらに言えば、山々の全ての要素が揃うこともヒメギフチョウにとっては重要なことです。これこそ、フェノロジーがいかに重要であるかの証です。
蛇足ながら、赤城山のヒメギフチョウについては、『赤城姫 早春に舞う』(カラサワールド自然基金 2011)をご覧いただきたいのですが、残部がなくなりました。
(4) 3/18「カタクリ開花始め」(群馬県桐生自然観察の森)
カタクリもヒメギフチョウと同じように北方系の生物であり、氷河期が終わると共に、北へ、そして寒い環境へと分布をシフトしたと考えられています。そうした視点から関東地方南部のカタクリの分布を観察してみるととても興味深いことが分かります。
練馬区の清水山憩いの森のカタクリ
(写真:唐沢孝一)
東京都区内で唯一のカタクリ自生地である練馬区の「清水山憩いの森」や千葉県内の柏市、千葉市などの自生地では、いずれも雑木林の寒い「北斜面」に分布しています。また、カタクリのような春植物は、雑木林の林床環境の季節的変化に適応した生活をしていますが、ここでは割愛します。
(5) 秋分(9/23〜10/7ころ) 「不思議に満ちたヒガンバナ」
ヒガンバナはとても不思議な植物です。彼岸のころに「一斉」に開花し、花が一斉に枯れるのと入れ替わりに一斉に葉が出て冬を越し、5月ころに一斉に枯れてしまいます。一斉に発芽、開花、枯れることから、季節を敏感に感じていることを意味しています。
では、なぜ、彼岸に開花するのか、その前に、本当に彼岸に開花するのかどうか、実際に観察してみたくなりました。同じ場所で、何年も継続して観察するために、自宅の庭のヒガンバナを観察してみました。最も身近なマイフィールドであり、毎朝開花している花の数をカウントしやすいからです。
結果は、本書p.139「ヒガンバナの開花の観察」に掲載されている通りです。
自宅の庭先のヒガンバナ
(写真:唐沢孝一、『季節の生きもの観察手帖』より)
書籍の図からは、年々、開花が早まっているようにも読み取れますが、それは4年間のみを取り上げたからです。下の表は黄色の日が満開です。過去11年の観察データを見ると、早い年には9月14〜15日に満開になり、遅い年には10月に満開になることもあり変動が見られました。
ヒガンバナ開花数の季節的変化 -初認、満開、終認(2005〜2017年唐沢孝一)
ようやく開花の仕組みも分かってきました。しかし、まだまだデータとしては不満です。少なくとも50年以上は継続したいものです。そのためには120歳以上長生きする必要があります。
 
(6) 冬至「昆虫の越冬を観察しよう」(ホソミオツネントンボの観察)
冬至のページ( p.186 〜187)を開くと、オオキンカメムシやムラサキシジミの集団越冬やスズメバチ、ゴミムシなどの越冬写真が掲載されています。
演者は、長年にわたり冬の雑木林でホソミオツネントンボの越冬生活を観察してきました。小枝そっくりに擬態しているため見つけるのに苦労します。
が、見つけた時の悦びもまた格別です。
個体ごとに胸の部分の模様が異なるので、1頭ごとに識別用の写真を撮って個体識別し、春まで滞在するかどうかを調べて見ました。
見つけにくいホソミオツネントンボ
(写真:唐沢孝一)
下のグラフは雑木林内の個体数の変化です。最高気温が15〜17℃以下の寒い季節には個体数は安定していますが、20℃を超えると急増したり急減したりして不安定になり、やがて雑木林から消失します。厳寒の冬に、なぜ成虫(亜成虫)で越冬するのかとても不思議です。しかし、ホソミオツネントンボを何年にも渡って観察しているうちに、ようやく分かってきたこともありました。春に出現するいろいろなトンボ類との深く関わっていることが分かりました。
ホソミオツネントンボ越冬数の季節的変化(写真:唐沢孝一)
以上の他にも、夏の太平洋でカツオドリがトビウオを襲うシーン(8/27、p.124)にも触れました。「モズのはやにえ」「スズメの集団ねぐらと単独ねぐら」などの資料も準備しましたが時間がなく、次の機会に取り上げたいと思います。本書には、魅力的な自然観察のテーマが満載ですが、空欄の日も沢山あります。書き込めるこの観察手帖を利用して、幅広く自然観察をお楽しみください。
レポートまとめ:事務局 O

きのこの野外観察
根田 仁 先生
きのこについていろいろなことに興味があるが、主に分類の研究をしている。40年近くきのこを採集しているが、きのこを見つけるのは苦手。国立研究開発法人森林研究・開発機構森林総合研究所研究ディレクター。博士(農学)。日本菌学会会員。都立両国高校生物部OB。著書は『たのしい自然観察 きのこ博士入門』(全国農村教育協会)など多数。
(上記は2017年12月現在のものです)
このレポートで紹介した写真撮影はすべて根田仁と自然観察大学(禁無断転載)
まず、この動画を見てください。
ヒラタケというきのこですが、小さな胞子を出しています。
胞子を出すヒラタケ
風で漂う胞子は素敵ですね。こんなシーンを見ると嬉しくなってしまうのは僕だけでしょうか。
きのこの愛好家、きのこに関わる方はたくさんおられますが、「きのこの野外観察」をしている人はほとんどいないでしょう。今日はその話をさせてもらいます。
●ヒラタケの観察
先ほどのヒラタケですが、昨年(2016年)の秋に継続して観察しました。
コナラの枯れ木に出たきのこですが、11月7日、9日、14日と、日を追って大きくなっているのがわかります。
2016年11月7日
2016年11月9日
2016年11月14日
多くのきのこは1日で大きく成長しますが、このヒラタケはゆっくりですね。
じつはこのヒラタケは、その一年前の2015年に見つけたもので、そのときから目をつけていました。
きのこは菌ですから、本体はこの枯れ木の内部に伸びた菌糸です。きのこは菌の子実体で、植物に例えると花のようなものでしょうね。
2015年11月17日
2017年12月4日
ヒラタケによるコナラの腐朽
今年(2017年)、このコナラの枯れ木を削ってみたら、きれいに(?)腐っていました。
ヒラタケは枯れ木(広葉樹)に発生し、これを分解するという自然界での役割を担っています。
ところで、ヒラタケの観察では、次のような疑問が出ました。
*なぜ枯れた広葉樹から発生するのか? 針葉樹はだめなのか?
  *つくば市では11月ころにきのこが生えたが、どうして11月なのか?
  *ほかの枯れ木に生えるきのことの関係は?
きのこは分からないことがたくさんあります。
●マツカサキノコモドキの観察
次は新宿御苑での観察です。つい先日、この講習会のネタを探しに出かけました。
写真のどこにきのこがあるか、分かりますか?
左の写真で画面の右側のほうにかわいいのが見えませんか?
右の写真では見やすいと思いますが、どうですか。
地面に落ちた松ぼっくりから出ていますね。
マツカサキノコモドキは、必ず落ちたマツの球果(松かさ)から発生します。
ここでまた疑問がわいてきました。
*マツカサキノコモドキの成長に松かさの成分が必要なのか?
  *どうやって胞子から発芽して松かさに到達するのか?
  *松かさにはほかの微生物はいるのか? それはどんな関係なのか?
残念ながら、これらも分かっていません。
●カワラタケの観察
シラカシの切り株に、古くなったカワラタケを見つけました。
この切り株の材は、カワラタケで分解されているようです。
カワラタケは木材(枯れ木)を腐らせて、その成分を栄養にしています。
シラカシの切り株
古くなったカワラタケを発見
切り株の材は分解されている
●ヒイロタケの観察
自然観察大学では、昨年(2016年)野川公園で観察会をやりましたね。
これはそのときに観察したヒイロタケです。
かさの裏側を見ると、たくさんの孔があります。たくさんの胞子をつくるために裏面がひだ状になっているきのこが多いですが、このように多数の孔になっているきのこも多くあります。
切り株のヒイロタケ
横から見たヒイロタケ
ヒイロタケの裏面の孔
さて、先ほどのカワラタケとこのヒイロタケとは、どちらも枯れ木に生える普通種です。どのようにすみ分けているのでしょうか。
*たまたま? 早い者勝ち?
  *樹種によってすみ分ける?
  *生育環境の違い?
これは、実はわかっています。
     ※ 少しうれしそうな根田先生
カワラタケのあったシラカシの切り株は、日陰の涼しげな場所にありました。
ヒイロタケのほうは、一日中日の当たる場所でしたね。おそらく真夏は40℃を超えるでしょう。
ヒイロタケは40℃でも生育しますので、直射日光のあたる場所でも見られますが、カワラタケのほうは30℃を超えると生育しにくいことがわかっています。
つまり、生育環境の違いですみ分けているのです。
●森林の有機物を分解する微生物(きのこ)
これまで、木材を分解するきのこ、つまり木材腐朽菌を観察してきました。ここで視野を広げて考えてみましょう。
森林の主要な有機物は樹木で、その木材の約半分(54%)は幹と枝(木材)です。
木材の主要な成分はセルロースとリグニンですが、これらを分解できるのは菌類などの微生物だけです。
地球上の有機物の大半は微生物が分解しているということです。
微生物の代表であるきのこが、自然界でいかに重要な役割をになっているのかがわかります。
●樹木と共生するきのこ(菌根)
きのこでは、有機物を分解する木材腐朽菌のほかに、樹木と共生するきのこ(菌根性きのこ)が知られています。
カラマツ林に生えるハナイグチ、シラカンバ林のベニテングダケがその例です。マツ林のマツタケも共生関係ですね。
カラマツ林   ハナイグチ
シラカンバ林   ベニテングタケ
植物の根ときのこが共生するときにできた状態を「菌根」といいます。
そして、菌根を作る菌を「菌根菌」といいます。
樹木はきのこにエネルギーを供給し、きのこは樹木に養分と水分を与えます。この交換が菌根を通じて行われるというわけです。
なお、また菌根のタイプは、植物の根の表面を菌糸がおおうものと、根の細胞のすき間に菌糸が入り込むものがあります。
寒天培地(PDA)で培養したきのこ。
左からヒラタケ、ハナイグチ、ベニテングタケ
菌根性きのこは人工的に栽培することが難しいとされています。
寒天培地で培養することは可能ですが、これらは菌糸を伸ばすだけで、きのこを出すには至っていません。これができるとマツタケ栽培が可能になるんですが、現時点では難しいようです。
ご清聴ありがとうございました。
レポートまとめ:事務局 O

2017-18年 室内講習会
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